HITORIGOTO
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コンペのツボ



 最近は少し大きめの仕事というと大抵コンペになる。クライアントとしては、せっかくお金を払うのだから沢山のデザイン会社や業者から色んな案をだしてもらい、その中から良い物をチョイスしたいと思うのは当然なのだろう。

 しかし実は少し前までは、必ずしもコンペをしたから良い物ができるとは限らなかった。なぜなら「取れるかどうか解らない大きな仕事より、目の前の小さな仕事をこなした方が確実にお金になる」と考えている人が多かったからだ。いや、本当の所は解らないが、私の周りでは確かにそうだった。なので力に余裕のあるデザイン会社は真剣に製作して、余裕のないところはお付き合いで参加する、ということになる。参加した全ての会社にコンペ参加費を多少なりとも払うのなら、果たしてクライアントにとってコンペを催すのは得策なのかどうか疑わしいところだ。
逆にデザイン会社にしてみても、あからさまに「お付き合いで作りました」なんて物は出せないわけで、お気持ち程度の料金しか貰えないのにカンプを作り込まなければならないコンペへのお誘いは、会社によっては内心では嫌がられたりしていた。

 で、私はと言うと、決して力に余裕のあったとは言えないデザイン会社に勤務していた時代も、コンペに参加するのは結構好きだった。勝とうが負けようが自分の給料は変わらないのだし、自分の力試しのいいチャンスなのだから、参加しない手は無いと考えていたからだ。勝てばもちろん気持ちいいし、負けた場合も最終的にでき上がった物をみれば、自分に何が足りなかったのか、クライアントは何を望んでいたのかが解るわけで、結果的に得るものが大きい。なので私はコンペの仕事というと必ず真っ先に手を上げていた。おかげで随分いろんなコンペに参加させて貰った記憶がある。

 独立した今となっては、ご指名で仕事を頂く方が遙かに嬉しいのだが、あの頃の気分がまだ続いているのか、コンペは今でもそれほど嫌ではない。しかも、自分でも不思議なくらい、結構な確立でコンペに勝利したりする。決して見積もりが安いわけでもない。なのになぜ勝てるのか。それは多分、上記の理由で競合するデザイン会社が本気を出してこないからだろうと思っていた。

 ところが最近は、この不況でみんな追いつめられているのか、どこも本気を出してカンプを製作してくるのだそうだ。



 去年、私にとっては比較的大物の仕事が2つあった。案の定コンペだった。競合相手はどちらも3社。そしてなぜか(?)両方とも私が勝利することができた。後で聞いたところ、この2件のコンペも各社から「本気のデザイン」が上がってきていたそうだ。なのに勝てた。どういう訳なんだろう…。何となく考えてみると、どうもコンペには勝つための秘訣があるような気がしてくる。

 そう、コンペにはツボがあるのではないだろうか。このツボを北斗の拳のケンシロウのごとくアタタタタッと突けば「お前はすでに決めている」となる…かどうかは解らないが(笑)、そういうものがある気がしてならない。そして去年、私は偶然そこを突いたのだろう。じゃ、そのツボっていったい…。
と言うわけで本日のお題は、コンペのツボの突きかたを探る。



 いや、それほど大げさなものではないので、過度な期待はしないように(笑)。
去年の2件のうち1件のコンペは、建築部材のカタログだった。商品の一覧を渡されて、これらの総合カタログを作るよう依頼された。ページ数もこちらで提案。商品自体は実に地味な物で、とても絵になるような物ではない。コンクリートと鉄筋の固まりだ。
で、まず最初に頭に浮かんだのは「地味な商品だけど建築部材としては無くてはならない商品」なのだから「社会を支える○○の製品」という切り出し方。新宿のビル群の夜景をバックに気の利いたコピーを添えて、イメージ的でカッコいいイントロで導入、数点の商品を黒デコラあたりでイメージ撮影したものを中扉か目次に使用、あとは整理してページを展開する、というもの。

 まぁ、この程度は誰でも思いつくだろう。というか使い古された手法だ。きっとそういうデザインをプレゼンしてくる他社さんもあると思う(実際そうだったらしい)。なので、何かもっとこう、違う切り口はないだろうかと考えてみた。その程度ではきっと勝てない、と思ったからだ。何か決定的な切り口はないだろうか…。

 そこでオリエン(コンペ説明会)の席で、担当者に根ほり葉ほり、思いつくまま色んな事を質問してみることにした。これらの商品の最たる特長は? 同業他社の製品と比較して、どこがどう違う? ターゲットはどんな層の人? ターゲットが好むトレンドは? カタログ以外にどんなセールスプロモーションを考えている? 今までの他製品のプロモーションはどのようにやって、どういう結果だった? 御社の占めるシェアは全体のどのくらい? 最大手はどんな製品でどんな特長? etc…。担当者の顔色をうかがいながら、雑談を交え、これは違うな、とか、このあたりにヒントがありそう…とか思いながら、長々と時間を割いて貰って質問を投げかけた。そしてその中にツボはあった。

 このカタログのターゲットは、建築したビルやマンションで生活するエンドユーザーではなく、あくまで施工業者だ。だとしたら、果たして設計士や現場監督が新宿の夜景の写真を見たいのだろうか? 社会を支える…なんてコピーを読みたいだろうか? 答えはNOだろう。じゃ、どういうカタログなら見たいのか。多分、施工業者の手元には似たようなカタログが沢山あるはずだ。その中から○○社のカタログを手にさせるには、どういう作りが一番いいのか。答えは単純明快。今の現場で必要としている商品を導きやすい物だ。同じような値段で同じような機能を持った商品のカタログが沢山あるのなら、私なら自分が欲している製品を見つけやすいカタログをまず最初に見るだろう。そこで満足行くの物を見つけられれば、そこに決めてしまう可能性だって高いはずだ。

 そこでターゲットが商品を選定する基準について、さらに詳しく訪ねてみる。それを元に私は企画を立てることにした。「無駄な飾りは捨てて、その分、性能比較一覧ページや、一つの商品に対するページ面積を大きく扱い、製品の機能を理解しやすい作りにすることに重点を置きました。車のカタログのようにエンドユーザーに夢を植え付けることが必要な商品ならともかく、この製品のカタログの場合はイメージページで格好付けたところで自己満足に過ぎません。お金の無駄です。質実剛健に徹するべきです。御社のターゲットユーザーにしてみれば、使いやすいカタログというのは、注文したくなるカタログなはずです。同じような性能で同じような値段の製品が載ってる2社のカタログがあったとして、ひとつは目的の物を見つけやすく、もう一つはみつけにくいとしたら、どちらで注文しますか?」とプレゼンしたところ、これがツボに嵌ったらしい。各製品の掲載面積を大きくしたことで、ページ数も増えた関係上、見積もりは飛び抜けて高かったらしいが、このコンセプトで作るなら仕方ないだろうと納得してくれた。



 もう一つのコンペは、とある上場企業の会社案内だった。ただし用途としてはリクルート用に使うと言う。つまり会社案内と言うより入社案内だ。この話を最初に聞いたときは、今時入社案内なんてつくる企業があるんだ…と驚いた。今は学生なんていくらでも集まるだろうに。なので私は「印刷物の入社案内なんていりませんよ。印刷物は純粋に会社案内としてページ数を絞って作る代わり、リクルートはWebに力を入れましょう。今の学生ならHPを見ることに抵抗を感じる人はいないはずです。結果的にはコストダウンにもつながるし、何よりWebの方が表現力が豊かですから、学生にもウケるでしょう。」なんて方向性を密かに考えていた。

 しかし、これもオリエンの席で解ったことがいくつかあった。この会社、IR用の会社案内はあるが、入社案内として使えるまともな印刷物が無くて、会社説明会に集まった学生に渡す物がなかったのだ。聞けば1400〜1500人くらいの学生が集まるらしい。なので会社説明会で配るためのツールが欲しいのだそうだ。だとしたらWebでという考え方は、思いっきり外れている。一から考え直しだ。
それとは別に、全体の5%くらいの用途だが、取引先等から会社案内を貰ったときに、お返しにと渡したりするのにも使いたい、ということも聞き出した。

 私が提案した物は「入社案内がメインの用途だとしたら、当然、先輩談等のリクルート的な要素を大きく扱うべきです。とは言え例えばページ数全体の半分を先輩談が占めている会社案内を、取引先の業者に渡すのはどうでしょう…。このバランスを考えていくと、結局普通の会社案内のように、最後の1〜2見開きだけにリクルート要素がある普通の作りに落ち着いてしまいます。しかしそれでは、入社案内をメイン用途とする御社の目的から遠く外れてしまいます。ならいっそ、会社案内の中から入社案内的要素を抜き取れる形にするのはいかがでしょう。」というもの。表3にポケットを付けて別刷りの入社案内をセットする方式で、学生にはセットした状態を、業者には外した物を渡せばいい、というわけ。どちらも12ページで作ったので、会社案内が12ページ、入社案内は合計24ページということになる。まぁ、それほど珍しい形態ではないが、他のデザイン会社の提案は、普通のページネーションだったり、やたらと形に凝っただけのものだったせいか、このアイデアがウケてコンペに勝つことができた。



 喜んでいいのか、悲しむべきなのか微妙な所だが、結局どちらも「デザインがいいから」と選ばれたわけではない。それどころか会社案内の方に至っては、最終的に仕上がった印刷物は、最初に提出したカンプの面影すら残らないほど修正させられた。それでもお金になるのは嬉しいし、何より勝利するのは気持ちいい。
で、こうなると「デザインコンペのツボ」は、実は純粋にデザインという見た目では無いのではないかと思う。思い返してみると、去年のコンペに限らず私が勝ったコンペというのは、見た目が選ばれると言うより、そういうアイデアが気に入られたパターンが多い気がする。まぁ、私は企画やアイデアもデザインの内と思っているので、それほど悪い気はしていないが。

 その企画やアイデアはどこから発想すればいいのか。もちろん闇雲に考えたってクライアントが満足する物なんて考えつくはずがない。
去年のどちらのコンペも、その糸口はオリエン、つまりコンペ説明会で担当者の口から漏れた一言が大きなヒントになった。もちろん全てがそういうケースに当てはまるとは思わないが、もしかしたらコンペの勝敗の80%くらいは、オリエンにかかってるのではないかと思う。クライアントが深層心理で望んでいることを探りだせるかどうかが、勝敗を分けるツボなのではないだろうか。

 コンペのツボ、やっかいなのは物件によって突くべき場所が違うということなのだが、それさえ見つけることができれば、そこそこいい線までは行けると私は思っているのだが、どうだろう。

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