HITORIGOTO
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茶 碗



 今年のゴールデンウィークは人並みに(?)休むことができた。と言っても事務所へ来なかったのは3日間だけだったが。で、その3日間、女房のつきあいで伊賀・信楽へ焼物を見に行った。本当はせっかくの休みだし、家で「もういい」というくらい寝ていたかったのだが、まぁ、いつもいつも家に帰ると、遅い晩飯、風呂、寝る、というだけの生活を繰り返しているため、こういう時くらい付き合わないといいかげん愛想を尽かされそうだ(笑)。というわけで、女房の趣味である陶器見学に付き合うことになった。

 現在私たちは車を所有していないため、信楽までは電車の旅。東京から信楽へは、本来、新幹線で京都まで行き、そこから東海道本線、草津線、信楽高原鉄道を乗り継いで行くのだが、途中「伊賀焼き」も見たいという女房の希望もあり、名古屋で新幹線を降りて近畿鉄道に乗り換え、ローカル線に揺られながらガタゴトのんびりした移動になった。単線・2両編成のそのローカル線は、田畑に囲まれた牧歌的な風景を車窓に眺めながら、のんびり進んでいく。心配していたゴールデンウィークの混雑もそれほどではなく、なんとも気持ちいい時間だった。

 信楽と言うとあのタヌキの置物ばかりが有名だが、結構良い陶器も多いと女房は言う。私は陶器にはあまり興味がないので、ほとんど期待していなかったが、意外とこの小旅行が自分的にも面白いものになった。というのも、観光客でごったがえしている駅前にたった市はあまり見て回らずに、少し山の奥へ入った窯元を中心に回ったせいかも知れない。実は信楽にはあまり宿泊施設がなく、ここへ来る観光客のほとんどの人が日帰りで、窯元まで足を伸ばそうとする人はあまりいないらしい。(気合いの入っていた女房は、2月にこの数少ない宿泊施設を予約していた)

 そうして回っていた窯元の一つで、窯元のご主人からお茶に誘われるという機会を得た。ご主人の入れてくれたお茶をごちそうになりながら、いろいろお話を伺うことが出来た。

 陶器は窯で焼く。この窯にも色々な種類がある。土をお椀を伏せたような形に(雪で作るかまくらを想像してもらえると近いと思う)盛り上げ、それをいくつも斜面に連ね、下や横穴から薪をくべて焼くのが登り窯。薪を火力にするため、灰がかぶり、また火力も強いので釉薬という上薬が自然な形状で流れ、なんとも渋い模様が陶器に味付けされる。デパートなどで作家の名前とともに、箱入りで恭しく飾られている1点物の陶器などは、たいてい登り窯で焼かれたものだ(少し古い方式では穴窯というのもある)。
これに対し、最近は電気やガスで焼かれる陶器も多い。電気などの窯は均一にむら無く焼けるので同じ物を大量に作る場合などに向く。また手間も設置スペースもかからないので、こちらの方が現在は主流なのかも知れないが、当然、自然が作り出すあの独特な味わいは作れない。と、ここまでは女房に聞いて知っていた知識。
ところがこの窯元のご主人いわく、最近はあらかじめガスバーナーでそれらしく焼き目を付けてから電気窯で焼いて、登り窯風に仕立てた陶器も多いと言う。私たちが訪れたその窯では、一回焼くのに12昼夜かかると言う。その間、目を離すことは出来ず、絶えず薪をくべ、焼き加減を調節しながら番をするそうだ。電気窯は電気炊飯器と同じで、スイッチポンで、あとは放っておけば勝手に機械が焼いてくれる。その人件費と経費の差が値段に返ってくるのだが、ガスバーナーでそれらしく作った陶器も「下(駅前の市)では登り窯と同じ値段で売られている」と言う。見る人が見れば、一目でわかるらしいのだが「私たちには区別はつかないんでしょうね」と言うと、「簡単に見分けられるようじゃ、売れないでしょう」と笑って言葉を返された。また、駅前の市ではどこも「半額です」と言っているが「ゴールデンウィーク前日から倍の値段が付いてるから、半額で当然でしょう。」とまで言われた。なんだかなぁ…。

 「実は数年前プラスティックのバケツを作っている工場へ行く機会があったんですよ。」とご主人の話は続く。つぶつぶの原料が機械の中に流れていってあっという間にバケツが出来上がる。人がやることと言ったら、端にくっついた出っ張りを落としてそこを削るだけ(プラモデルで言うバリのことですね。多分)。プラスティックは軽くて丈夫だし、しかも安い。でも原料になる石油は日本ではとれないんですよね。陶器の原料の土は日本でもたくさんとれるのに…。
まぁ、それでもプラスティックは便利ですよ。すごいものです。なのになぜみなさんはプラスティック製のお茶碗を使わないんでしょうね。プラスティックのお茶碗でご飯を食べるのは、ウルトラマンの絵が描いてあるお茶碗を喜ぶ子供か、入院患者くらいなものでしょう?あんなに便利なのに。うっかり落としても割れませんよ。でもご飯を食べるにはやっぱり陶器がいいと仰る。おみそ汁を飲むのも漆器がいい。そこなんですよね…。

 私のつたない文章では、ちょっと説教がましく聞こえるかも知れないが、そのご主人の言葉一つ一つに結構味わいがあって、面白い時間を過ごすことが出来た。もしかしたら、その窯を訪れた人にはみんなに同じ事を言っているのかもしれないが…(笑)。楽をしたり便利になることを否定しているわけではない。でも手間暇をかける価値やその必要性は、生活の中には絶対に欠かせないシーンもある。わかり切ったことだが、ついつい忘れがちだ。大切なのは、そう、「そこなんですよね…」

 私たちは結局その窯では何も買わずに(笑)お礼を言って立ち去ったのだが、気持ちよく「また来てください」と見送ってくれた。
私はその後行った窯元のひとつで、よさげなぐい飲みを一つ購入した。このぐい飲みは実は非売品で、それを知らずに手にとって気に入ってしまった私に、その窯元の人(多分、奥様だと思う)が、奥の工房へ「売ってもいいか」と聞きに行ってくれ、結局、安価で譲ってもらえることになった。その窯元のご主人が人にあげるために作ったものの余りを、たまたまおいてあった物だそうだ。もちろん値段は付いてなかったのだが、私たちが貧乏そうに見えたのだろうか(笑)「箱なしでいいなら」と5,000円にしてくれた(実は奥の方で「いくらにすればいい?」「え、2万?…1万5千?」という会話が聞こえていた)。出来れば2つ欲しいと言ったのだが、もう一つだけある同じぐい飲みは、そこのご主人が毎晩使っているのでダメだと断られたくらいなので、まさかいくらなんでもガスバーナーで焼き目を付けたものではあるまい(笑)。なんだかとても得した気分だ。まだ使っていないのだが、このぐい飲みで飲むお酒が今から非常に楽しみだ。多分その時はあの窯元のご主人の話を思い出しながら、それをつまみに飲むことになるのだろう。

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