HITORIGOTO
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一匹狼



 人付き合いはあまりうまい方ではないと思う。とりたてて苦手という程ではないにしろ、進んでコミュニケーションを取ろうとするほど得意ではない。フリーでやっていると、苦手だとは言ってられないのだが、なかなかどうして…。
営業職なんてできる人は尊敬してしまう。話上手で話題が豊富、絶対に人を飽きさせない、そんな人をたまに見かけるが、羨ましいことこの上ない。

 会社員だった頃も、製作としてずっと社内にこもっていたから、あまりお客さんとコミュニケーションを取る機会はなかった。それどころか、周りの社員ともつかず離れず、一定の距離を保つようにしていた。いや、別につまはじきにされていたわけではなく、それなりに仲も良かったし、今でも当時の仲間からはよく電話がかかってくる。ただ、あまりベタベタした人間関係は嫌いだったわけだ。

 ある程度仕事がこなせるようになってからは「オレはオレの仕事を責任持って必ず全うするし、人のやり方に口を出さない。その代わりオレにも口を出すな。」と、平然と生意気なことを言っていた時期さえあった。

 今思えば若かった。まぁ、正直なところ「一匹狼」を気取っていたかったという気持ちもあったと思う。確かに自分の範囲の仕事は全て自力でこなしていたし、他社員の誰よりも仕事量をこなしている自負もあった。意地でも遅刻はしなかったし、風邪などで突然休んだ記憶もほとんどない。逆に風邪で倒れた同僚の分も、自分の手が空いている時には進んでかぶったりもしていたので、わりとみんな私に対しては、そういう目で見てくれていたように思う。年に一度まとめて休暇を取っては、堂々と海外旅行に行ったりしたが、誰も表だって文句を言わなかったのは、そのせいもあっただろう。

 しかし独立してみると、このコミュニケーション能力の低さというのは、かなりのハンデであることを思い知らされる。クライアントの元へお客さんと同行する車中、会話に詰まって沈黙が続いたりすると、心の中であわてふためく自分がいたりする。変に一匹狼を気取っていたり、製作だからと進んでクライアントとの付き合いをしなかった自分が、今では少々悔やまれる。

 接待など未だに一度もしたことがないし、それどころか同席すらしたことがない。よくテレビドラマなんかでは、お姉さんがいるようなお店で、営業マンが一所懸命おべんちゃらを言っているシーンがあったりするが、本当にあんな感じなのだろうか? だとしたら私には多分、いや、絶対無理だ。あんなことは逆立ちしてもできない(逆立ちもできないけど)。テレビドラマは誇張だとしても、接待の席なんて何を話せばいいのか私には想像もつかないわけで、きっと酒宴の席でシーンと静まりかえってしまうのは目に見えている。

 デザイナーなんだから、接待とか、付き合いとか、そんなもので仕事を取ろうなんて方が間違っている、デザイナーはデザインの実力で勝負すべきだ。なんて昔の私なら思っただろう。いや、今でもそう思う。でも、誰だって「一緒にいて楽しい人と仕事をしたい」と思うのは自然だろう。接待とまで行かなくても、話し上手だったり、楽しい人だったりすれば、それだけで好感を得るはずだ。そういう人はとりあえず嫌われないし、たいてい気に入られる。気に入られれば、なんとかアイツに仕事をまわしてやろう、って気になるのも自然なわけだ。

 小学生の時に流行った本宮ひろ志氏の「男一匹ガキ大将」というマンガの中にこういう台詞があった。

「一匹狼ってのは群れから仲間はずれにされた狼の事じゃない。一匹で群れに対向する力を持った狼のことだ。」

 一匹狼を気取ることが悪いとは思わない。まだまだ狼ほどの力を持っていないにしろ、そういう気持ちを持っていたから、私はここまで来れた気もする。しかし、いくら腕が良くても仕事が回ってこないことには、われわれフリーは食べていけない。現代の一匹狼に求められる「群れに対向する力」には、コミュニケーション能力も含まれるのだ。

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