「アベさん、いらっしゃますか? いらっしゃいましたら…」
神田駿河台下交差点よりちょっと入った通り。路上にパトカー1台と数人のお巡りさん。いつものように歩いてお客さんの所までゲラを届けに行った帰り道で出合った光景でした。パトカーから「アベさん」という人をお巡りさんが呼んでます。
「通報いただいた爆発物らしき物は、爆発物ではありませんでした。ただ今、確認の上、撤去しました。通報いただいたアベさん、近くにいらっしゃいましたら、パトカーまでおこしください。アベさん、いらっしゃいますか? アベさん…。」
通行人がいっせいに振り向きます。店から出てくる人も。私も思わず足を止めました。ちょっとして、パトカーの止まっている前の店から、その「アベさん」らしきおばちゃんが出てきたところで、私はまた足早に帰路を歩き始めました。
あのおばちゃんは、自分の店の前で不審物を見つけて、怖くなって通報したのでしょう。都会の真ん中、路上には色んな物が置いてあったり、捨ててあったり。それは昔も今も変わらない風景です。でも近頃は見慣れぬ物があると、「もしかしたら…」という思いがこみ上げてきてしまうのも、無理もないご時世なのかもしれません。
テレビニュースは毎日のようにテロや殺人事件を伝えています。それに慣れっこになってしまって、ちょっとやそっとの事では驚かない自分が、ある意味「怖い」とさえ思えてきます。同時に自分の身の回りで、突然そういう事件が起きても何の不思議もない、という事実も恐ろしくなります。事実、地下鉄サリン事件が起きた時、まさに渦中の駅を地下鉄で通り過ぎていた私です(路線が違ったので何事もありませんでしたが)。
下町生まれ、下町育ちのせいか、私はかなり他人を信用してしまう方みたいです。昔はちょっとそこまで買い物に出るくらいなら、平気でカギもかけずに出かけてました。今では考えられない事です。でも昔はもっと人間同士、思い合い、尊重し合い、助け合っていたはずです。いつから人の心は、こんなにねじれてしまったのでしょう。そして人間の狂気は、どこまでエスカレートしてしまうのでしょう。
そんなことを思いながら歩いた帰り道でした。
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