もう20年以上も前のお話です。当時、のび太は21歳。その時のび太には素敵な友達がいました。名前はA子ちゃん。ちょっと姉御肌のサバサバした女の子。同学年でしたが、のび太が早生まれなので年はA子ちゃんの方が1つ上でした。
よく2人で一緒に飲みに行きました。お店は決まって小岩という駅の北口にあるチェーン店の居酒屋でした。値段が安く、そのわりに食べ物が美味しかったからです。のび太はその店の肉じゃがが好きで、行くと必ず肉じゃがをたのんでいました。
学生だったのび太は、いつもお金を持ってなくて、すでに社会人だったA子ちゃんに毎回おごって貰ってました。彼女は、彼女の父親が経営する、下町の小さな町工場で働いていました。たまに「今日はオレが出すよ。バイト代入ったし。」と言っても「いいから、バイト代は教材にまわしなさいよ。」と、目にもとまらぬ速さで、のび太から伝票を取り上げてしまう彼女でした。
のび太はそんな彼女に、いつしか好意をだくようになりました。決していつもおごって貰っていたからではありません。一緒にいて、とても楽しかったのです。A子ちゃんを自分の彼女にしたい。もっと、もっと一緒にいたい。日に日に思いは募っていきました。
ある晩、いつものように飲んだ帰り道。いっしょにフラフラと歩いて帰る道すがら、のび太は通りがかりの公園で足を止めました。「ちょっとさ、もう少しいっしょにいない?」今思えば、下心ミエミエの誘いですが、彼女は2つ返事で「いいよ」と答えました。
「これは脈ありかも。」と内心ウキウキするのび太。そして並んで座ったベンチで、のび太は思い切って彼女に思いを告げました。そして。
「ごめん……。」
彼女の口から戻ってきたセリフはそれだけでした。それから2人とも押し黙ったまま、それぞれの家へ帰りました。
のび太は気持ちを告げたことを後悔しました。告白しなければ友達のまま、ずっと楽しく過ごせたのに。もう彼女には今までのように会えないのかも。その晩のび太は、やりきれない気持ちでいっぱいでした。
ところが翌日。彼女からまた「飲みに行こう」と誘いの電話がかかってきました。驚きました。昨日の今日です。普通こういう状況になったら、気まずくて会えなくなるものだと思っていましたから。少し悩んだのですが、のび太は誘いに乗って、またいつもの居酒屋へと向かいました。
「あたしね、彼がいるんだ。今までずっと黙ってたけど。ごめんね。おまえ(彼女はのび太のことを「おまえ」と呼んでいました)のことは好きだよ。ほんとに。今の彼と付き合ってなかったら、多分おまえと付き合ってたと思う。でもさ。ほんとごめん。友達でいようよ。これからも。」
「な……。なんだよ。そうか。そうなのか。彼いたんだ。なんで黙ってたんだよ。全然そんなそぶり見せなかったじゃん。」
「実はさ……。」
のび太はその後、彼女の口から聞かされる事実に驚かされます。当時22歳のA子ちゃん。その彼女が付き合っている彼氏は、38歳の妻子持ちだったのです。しかも、同じ会社に、つまり彼女の父親の会社に勤めている、要するに自分の父親の部下だそうです。
「さんじゅうはちっ? 妻子持ちっ?」
思わず、ほおばった肉じゃがを吹き出しそうになるのび太。
「これ、本当に仲のいい友達にしか話してないんだけどさ。でも、今まで黙っててゴメン……。ホント言うとさ、おまえの気持ちもちょっと感じてたんだけどさ。でも……。ゴメンね。」
ショックでした。何と言えばいいのか解りませんでした。オレはそんな男に負けたのかという気持ちもありました。それは遊ばれてるんじゃないのか? という言葉が喉まで出かかりました。でも多分、彼女は彼のことで、ずっと悩んでいたのでしょう。不倫関係で、報われる可能性がずっと低いことは、彼女自身、解っていたはずです。それでも彼のことが好きで好きで、離れられないでいる彼女が、のび太には愛おしくさえ思えました。
複雑な気持ちを抑えつつ、のび太は言いました。
「やめちゃえよ、そんなヤツ……って言いたい所だけどさ、そんだけ好きならしょうがないよな……。なんていうか……。納得出来るところまで行くしかないんじゃないの?」
「そんな風に言われたの初めてだよ。友達はみんな、ホントにみんな、やめろって。別れろって……。」
「だってさ。しょうがないじゃん。理屈じゃないんだから。好きとか嫌いとか……。」
それからも事あるたびに彼女に呼び出されては居酒屋に向かうのび太でした。それから彼女との会話が、彼女の恋愛相談ばかりになったことを除けば、それまでと何の変わりもない日々でした。
やがて、のび太と彼女はそれほど頻繁には会わなくなります。のび太にも静香ちゃんという彼女が出来たせいでした。彼女が出来たとA子ちゃんに報告したときは、彼女は心から喜んでいてくれてたようでした。
ほどなくして、のび太は家を出て、静香ちゃんと同棲をはじめます。そして、それを境にA子ちゃんとは会わなくなります。
それから半年近くたった頃、風の噂にA子ちゃんが結婚したことをのび太は知ります。相手は例の彼氏では無いそうです。
驚きました。最後に会ったときはまだ彼氏と付き合っていたはずです。この短い時間の中でA子ちゃんは、彼氏と別れ、新しい恋を見つけ、そして結婚までこぎ着けたのでしょうか……。まさかとは思うけど、妻子持ちの彼への当て付けで結婚したんじゃないだろうな……。そんな考えさえも浮かんでくるのび太です。しかし、すでに彼女は新居へ越しており、のび太の元へ新住所の連絡は届いてませんでした。少ない共通の友人も、その時は引っ越していて連絡がつきませんでした。
そのまま20年以上の歳月が流れました。
彼女はどうしてるんだろう? 幸せに暮らしているならいいんだけど。。。今でも肉じゃがを食べるたび、あの居酒屋で食べていた肉じゃがを、そして彼女のことを思い出すのび太です。
※
ちなみにフィクションです。多分(笑)。
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