HITORIGOTO
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それぞれの事情



 テレビでコマーシャルもやっている某有名ハウスメーカーA社の仕事が代理店経由で入った。この会社の仕事は今までに何度かチラシやリーフレットを制作していて、私のデザインを気に入ってもらえているらしく、ありがたいことに今回もご指名をいただいた。電話で今回の仕事は総合カタログと聞いていたので「これは久しぶりに大物の仕事になりそうだ…」と胸に期待を膨らませながら代理店へと向かった。

 代理店に着くと、担当者はすでに打ち合わせをスタンバイしていて、テーブルには同業他社のカタログが積んであった。その中でも特にB社(これまた有名メーカー)の物が目を引く。厚さ1cmはあろうかという、しかもハードカバーの立派なカタログがシリーズで3冊。最近、めっきりペラ物の仕事ばかりになっていた私は、内心「おっ、しめしめ、期待通り大物の仕事そうじゃん…」とほくそえみなが(笑)、「なるほど、このB社のカタログに負けない物を作るんですね?で、予定は何ページくらいの物になりそうですか?」と聞いた。
「予定は16ページ・中トジです」
一瞬、耳を疑った…。
「へっ?16ページ…ですか?確か総合カタログって仰ってましたよね?」
「えぇ、16ページの総合カタログです」

 かなりガッカリ…(笑)。しかし、私の儲けとは別に、A社ほどのメーカーの総合カタログが、それでいいのか? という疑問がフツフツと沸いてくる。で、
「なんでまた16ページなんですか?予算の関係ですか?」と聞くと
「うん、予算もあるけど、先方の希望なんですよ」という。
「でも住宅の総合カタログですよね?ン千万の買い物でしょ?その総合カタログが16ページでいいんですか? もっと立派なボリュームのある物を作らなきゃ、安物買いっていうイメージが付きませんか?」
「いえ、いいんです」
「しかし…」
なんだか、納得できない。普通はこの辺で引き下がるのだが、この代理店さんとは普段から懇意にしていることもあって、さらに突っ込んでみる。
「僕は家を買おうと思ったことがないので、ハッキリとは解らないですけど、もし、ン千万の買い物をしようとしていたら、16ページのカタログとこのB社の立派なカタログを見せられたら、やっぱりB社の方に魅かれると思うんですけどねぇ」
「うん、そうだね」
「じゃ、なぜ…?いくら『予算が』って言う問題があるにしても16ページはあんまりじゃありませんか?」
「あのね、木村さん…」

 そこからハウスメーカーの事情を色々聞かせてもらった。住宅を購入するのは、1に価格、2に営業、3にその他、というのが購買層の選択基準なのだそうだ。(もちろんカタログの出来なんてのはずっと下・笑)1の価格というのは納得できる。でも2の営業というのは初めて知った。つまりン千万もの買い物の場合、ブランドイメージより担当営業マンの人柄で家は売れるのだそうだ。そう言われると納得してしまう。確かにあまりやる気の無さそうな人や、信頼できそうにない人からそんな高価な一生物を買う気にはなれない。で、A社は営業マンが顧客の元に足を運びやすくするため、最初から全てを物語ってしまっている立派なカタログは作りたくないらしい。「カタログを見てもらえば全てわかります」では営業の仕事が、かえってやりづらくなってしまうと言う。
例えばプラン集や、価格表、テクニカルカタログなどは、別刷りにして、頃合いを見計らっては、いちいち顧客の家へ届けて回るそうだ。ちゃんと全部揃っていても「すみません、たまたまプラン集のカタログを切らしてまして…今度お客様のご自宅にお届けします」と言って、住所を聞き出したりすることもあるらしい。B社の立派なカタログは、営業力の自信のなさの現れか、ブランドイメージだけでバンバン売れているかのどちらかだろう、とまで言われた。

「うーん、なるほど…」
今まで色んな業界の制作物を作らせてもらった事もあり、それぞれの業界には、それぞれの事情や、やり方があることは知っていたが、この話を聞いて妙に感心してしまった。

 そう言えばこの代理店からよくもらっている仕事に、建材のカタログがある。これはエンドユーザーではなく、建築現場の監督さんや大工さんが使うものだ。前に、この手のカタログの表紙を白ベースで制作したところ「白は汚れが目立って困る」とクレームが付いたことがある。現場の人はいつも手が汚いそうだ(笑)。言われてみれば「なるほど」である。それからは建材カタログの表紙に白地を使うことを私の中ではタブーとしているが、見た目や機能だけでなく、使う人の環境やそれぞれの事情を考慮することもデザインをする上で必要であり、そこを言われなくても汲み取っているデザイナーが生き残っていけるのだろう。

「でも木村さんの言うことも、まったくその通りだと思いますので、16ページ前後っていうことで、B社に負けないような立派な物をお願いしますね。(笑)」
「えっ……?」

もしかしてヤブヘビ?
というわけで今、頭抱えて悩んでいます…(笑)。

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