HITORIGOTO
indexへもどる
棚のぼた餅は甘いか?
-1-



 このホームページを通じてA社のa氏から、仕事打診のメールが来たのは去年の夏のことだった。A社はa氏お一人で運営されている会社で、主に海外留学案内のパンフレットや雑誌広告をメインにされている、俗に言う印刷ブローカー的な会社だ。
a氏はそれまでと全く違う筋から、新しいクライアント「B社」とのつながりができ、その仕事をそれまで仕事を依頼していたデザイナーに打診したところ、スケジュールの面で都合が付かず、新しいデザイナーを捜してWebで検索、そして私にメールを送ってきたそうだ。
「とりあえず、一度お会いしましょう」ということになり、わざわざa氏がこの事務所まで出向いてくれた。ざっと仕事の内容を説明していただいた上で、私には別に断る理由もなく、a氏の人柄も感じが良かったため、これから良いお付き合いを始めましょう、ということになった。
現在B社が急いで必要としているのはカタログ4種。この4つのカタログはA社が受注済み。この出来いかんで、この後の仕事がもらえるかどうか決まるという。

 a氏は海外留学の仕事の関係で日本から離れていることが多く連絡が取りづらい、またデザイナーに動いてもらうより、その時間を少しでもデザインにあてて、いい物を作って欲しい、というa氏の考えで、これからも基本的に打ち合わせは私の事務所で、トラフィックは全てa氏が動いてくれることになった。
実際、a氏は仕事の要領がよく、打ち合わせも実にわかりやすく要点を的確に伝えてくれ、私の意向も理解した上でのデザインリクエスト、およびクライアントをみごとに説得してくれる、ディレクター的な営業に長けた方で、私としては非常にスムーズに仕事が出来る良いお客様だった。ギャランティに関しても、十分こちらが納得できる料金を提示してくれる。さすがに一人で世界中をまたにかけて営業されている方だと感心したものだ。

 B社のカタログ3作目作り始めた時のことだが、この商品にはVI、つまり商品ロゴが無かった。商品名はあり物の書体でかまわないと言われたのだが、他の要素もこれと言って提示されなかったため、表紙を飾る材料がとぼしくデザイン的に間が持ちそうも無い。そこで苦肉の策として「あり物の文字でいいなら、作字した文字でもいいだろう」と、あくまでデザイン処理の一環として商品名をロゴ風にアレンジしたデザインカンプを提出したところ、a氏はいたく気に入ってくれ、「ぜひこれはVIとしてB社に提案しましょう。あまりお金は引き出せないかも知れませんが、引き出せた金額は全てお支払いしますから、その時は版権を含めて譲っていただけませんか?」と言ってくれた。
こちらはあくまでデザイン処理として作ったものだからVI費はいらない、と言おうとしたのだが、もちろんお金は欲しいし、この先ずっとB社がこれを使い続けるのであれば、多少いただいてもかまわないだろうと思い、VI制作代はa氏にお任せするということで話が付いた。a氏としては、一人でやっている小さな一業者だが、VIくらい提案できるというところをB社に見せたかったのだろう。そして見事にその商品のロゴとして採用が決まった。

 多少の手直しの後、簡単なマニュアルを追加で制作し、VIのDATA、マニュアル、印画紙で出力した清刷をセットにして納品。料金は30万円ということに決まる。VI制作代としてはちょっと安すぎる気もするが、元はと言えばただのデザイン処理のつもりで作ったものだし、まさに「棚からぼた餅」的な仕事だったので、当然料金に文句は付けず請求を起こしたのが去年の10月のことだ。

 翌月、a氏から連絡があり、VI制作代だけはA社を通さずにB社へ直接請求するように指示をいただく。その時は私もa氏もB社の意向がよくつかめなかったのだが、まぁそれならばと11月の日付で改めてB社宛の請求書を書いた。予定では翌年1月に入金される予定だという。

 11月末、B社4部作予定のカタログ全て納品が終わる。感触はいいので、次回の制作物も受注できそうだ、ただし予定はずっと先になる、と言われる。ある意味責任を果たせたようなので、ホッと胸をなで下ろす。

 1月末。A社からカタログ制作代の入金は確認するも、B社からVI制作代が入金されていない。不思議に思いa氏へ連絡を取ってみようと電話したが、オーストラリアへ出張中。留守電に用件を残し電話を切る。
2月半ば。a氏に連絡が取れる。のんびりした話だが、この時点では私としては思いがけない収入だったわけだし、まぁちゃんともらえるなら多少入金が遅れてもかまわない、という気持ちでいた。
入金が無いことをa氏に告げると「おっかしいなぁ…。B社に確認して折り返し電話します」と言われたきり電話無し。数日後再びa氏に電話。「すみません、何かのトラブルのようで、来月には必ず入金させるようにします」との返事。
2月末。入金無し。「しょうがないなぁ…」と思いつつ、あまりむやみに催促ばかりしたくなかったので、もう少し様子を見ることにする。
3月末。やはり入金無し。仕方なくa氏へ電話。1月と同じ会話を繰り返す。
4月末。同じく入金無し。「私の方から直接B社へ問い合わせてもかまいませんか?」と電話したところ、「もう少し私に任せてください。早急に入金させますから」との答え。入金しないのはB社であって、a氏にはあまり関係ないことが解っているとはいえ、さすがに少々腹が立ってくる。

 だいたいB社のほうから「請求は直接当社へ」と言ってきたくせに、なんなのだろう。考えたくないが「踏み倒す」つもりなのだろうか? でも、カタログ制作代はA社を通じてキチンと支払われているわけだし、ましてこのVI制作代は直接B社への請求だ。踏み倒す気ならカタログ代だって支払わないはずだし…。いや、でもおかしすぎる。まさかとは思うが…。
B社は大阪の会社である。こちらはB社から離れた東京。しかも一人で細々とやっているフリーの人間。個人相手なら踏み倒しても…しかも東京-大阪と離れていれば、そうそう乗り込んでくることもないだろう…なんて考えてることもありうる。
知り合いにグチを言ったところ、30万円という金額も踏み倒すには手頃な価格だと言う。1〜2万ならうるさいことを言われる前に払ってしまうし、100万単位なら相手もあきらめずに食い下がってくる。30万くらいなら、無視し続ければあきらめもつく金額だそうだ。確かにもともと「棚ぼた」の仕事だし、もし入らなかったらしょうがないかも…と、少々弱気になったことも事実。

 5月半ば。入金無し。独立して6年間、今まで幸いにして、こういうトラブルには巻き込まれた経験がないだけに、自分でも情けなくなるくらい、うろたえ始めた。
妄想が広がっていく。もし踏み倒されたら…泣き寝入りか裁判? 裁判などしたことが無いし、私個人が会社相手に裁判をおこしても、勝てないかも知れない。勝てたとしてもその費用は30万円をはるかに超えるかもしれない。
心のどこかで「やっぱり世の中甘くないな。今回はいい勉強だと思ってあきらめるか」という思いもあるのだが、でもどこかで「あきらめるものか」という気持ちがある。30万円という金額が問題なのじゃない。自分が作った物へのプライドなのだろう。値引き交渉なら応じる用意はある。しかし払わないで踏み倒すと言う行為は、言うまでもなく全く別物だ。それは完全に私の中の「デザイナー」という部分を踏みにじっている行為に他ならない。
もちろん偉そうに言うほど、私は立派なデザイナーではないと自覚している。しかしそれでも、私は私なりに精一杯この職業をつとめているつもりだし、それを否定されるのはたまらなく辛い。

 第一、本当にB社が踏み倒す気であるなら、多分被害は私だけでは収まらないはずだ。今後また泣きを見るデザイナーが生まれるに違いない。本当に何かの手違いや事故であるならいいのだが、もし来月も入金が無かったら何かしらの行動に出ようと決める。ナメられてたまるか。

つづく

backindexnext