HITORIGOTO
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マニュアル



 「携帯電話は何をお使いですか?」などと聞かれることが最近よくある。そうすると苦笑いしながら私はいつもこう答える。
「持ってないです。携帯。はは…。」
まぁ、まず間違いなく驚かれる。そうだろうなぁ。今時いい年して携帯持ってない人間は、そうはいないのだろうなぁ…。

 なぜ持っていないか。答えは単純明快。必要を感じないから。私の生活は自宅と事務所の往復と、事務所からお客さんのところに往復だけ。最近はメインのお客さん以外にあまり仕事をもらっていないので、そのお客さんからすれば、私が事務所にいない時は自分の所へ向かっている最中か、すでに帰宅している場合がほとんど。たまに私用で外出している時もあるが、それでも留守番電話を外からチェックしているので、たいてい1時間以内に私に連絡がつくことになっている。
待ち合わせなどですれ違ってしまい、こういう時に携帯を持っていればなぁ…と思うことも極まれにあるけど、そういうケースだってほとんどの場合、こちらから公衆電話で相手の携帯に電話をかければ事足りてしまう。なので私には携帯を持つ理由が見つからないのだ。

 ところが最近、私より必要がないであろう女房が携帯電話を買って来た。なんとなく欲しかったから、だそうだ。まぁ、欲しければ買えばいいし、その事は私は別に何とも思わない。
で、近所の電気屋で携帯電話を買ってきた女房、そそくさと箱を開けて設定しようと試みたのだが、付いてきたマニュアルの厚さに、まず滅入ったようだ。マニュアルは3冊あって、いったいどれから見れば良いのかがまず解らない。どうも私に助けを求めたそうな顔をしているのだが、私が携帯を持っていないのは当然知っているし、何より私が機械音痴であることもよく解っている。仕方なく必死にマニュアルと孤軍奮闘していた。

 とりあえず適当に1冊選んで読み出し、設定らしき項目を見つけてピコピコ。そのうち
「えーっ。。●●●って何? あっちのマニュアル参照? ……。 (あっちのマニュアルを見ながら)詳しくはそっちのマニュアルの○ページをご覧下さい? あーーっもうっ! ねぇ、わかんないよ、これっ!」
「んなことオレに言われても(笑)。」
「しょうがない…。じゃ、アドレス帳から…。えーっ、だからこれは何?」
「だから、オレに聞くなって。」
なんてことを一日中(笑)。そうとう悪戦苦闘しているようだった。

 私は関わり合いになりたくないので(笑)、横でテレビを見ていたが、確かにそのマニュアルの作りは不親切そうだった。
私はマニュアルや取説(取扱説明書)を作ることはあまりないが、カタログはしょっちゅう作っている。そういう経験上、この手の物が作られる工程をある程度理解している。そう、この手の物はユーザーに対して親切に作られることはあまりない。

 なぜならマニュアルや取説の原稿を作るのは大抵が技術者なのだ。その商品を一番詳しく解っている人が原稿製作を担当する。携帯電話なら、その機種を開発した人、と言うことになる。で、技術者はライターでもなければデザイナーでもない。エンドユーザーの立場に立って使い方を説明する、なんてことには全く慣れてないのだ。おまけに技術者同士なら常識的な事でもエンドユーザーには理解不能な事柄や用語などを、平気でそのまま使おうとする。それで一般の人が理解できるはずがない。

 確かにメーカー側としては、世の中の誰よりその製品のことを知り尽くしている技術の人間が原稿を作れば、間違いも無いし一番詳しく説明できると思うのだろう。で、それをエンドユーザーに理解できるようにかみ砕いて表現するのが私のような立場の人間なのだが、得てして取説製作は予算が少ない。それはメーカーにとって取説が「おまけ」程度の感覚だからだ。予算が少ない仕事にはデザイナーもそれほど時間を割くことはできないので、中身まで詳しく読み込んだり、「ここはこう表現しないと解らないのでは?」と提案するだけの労力を惜しんだりする。そうして世にも不親切な、メーカー独りよがりのマニュアルが誕生する。

 最近はメーカー側もようやく「これではいけない」と気づき初めたようで、エプソンの取説など、そこまで詳しく書かなくても…と思うくらい親切な作りになってきたようだ。しかし、未だに不親切な物も大手を振ってまかり通っている。メーカーによって事情は様々だろうが、私の経験上ではほとんどが上記の理由による物だったりする。

 アプリケーションのマニュアルなどもそうだ。これはつまり、市販のHOW TO本を買えって言ってるのか? と疑いたくなるような物も多い。ある程度理解して、操作にも慣れてきて初めてマニュアルに書かれていることが解るようになってきた、なんてソフトも多数ある。

 私の仕事はカタログ製作がメインで、取説ほど詳しく機能を説明したりはしないのだが、それでも、これじゃユーザーには通じないだろう…と思わざるを得ない原稿に今でもよく遭遇する。何しろまず、私が理解できないのだ。これは一体何のことを説明しているのだ? なんて疑問符を頭に残したままデザインした物を、ユーザーが理解できるはずがない。

 なので私は躊躇無くクライアントに尋ねるようにしている。「すみません、私、素人なもので解らないんですが、これは一体なんの事でしょう。」と。すると面白いもので、技術者というのは聞かれればとことん教えてくれる人が多い。私が「まだ解らない」と言えば、より詳しく、身振り手振り、裏話まで添えてどこまでも教えてくれる。そして一通り私が理解して、「つまり、これはこうだから、こういう事が出来るって事なんですね?」と、言葉をかみ砕いて聞き返すと、「そうそう、つまりそういうこと。」と、とっても嬉しそうに…。

 要するに彼ら技術者は、きちんと説明したいのだが、その表現力を持ち合わせていない、というだけなのだ。もちろん、技術者にそれを求めるのは間違っている。彼らの仕事はマニュアルを作ることではないのだから。だからこそ、ライターやデザイナーの立場が重要になってくるとは思うのだが、あまりに予算が少なければ、なかなかそうも行かないのが現状だろう。つまり結局は、取説製作に予算をかけるか、かけないかを判断するメーカーの姿勢の現れとも言える。

 せっかく素晴らしい製品を開発したのに、そんなつまらないところをケチってユーザーに不快感を与えたら、もったいないと思わないのだろうか? この不況下、ユーザーのリピートを増やすには、まず取説作りから見直す必要を感じないのだろうか? ねぇ、メーカーさん。

 上にも書いたように、私は自他共に認める機械音痴。そんなヤツがカタログや取説作って大丈夫か? と思われるかも知れないが、実はこの機械音痴がカタログ製作に役に立っていると、私は密かに思っている。なぜならそんな私が理解できれば、ユーザーも理解できるはず、だからだ。私が理解できるように作れば、決して独りよがりではない、親切な取説になるはず(多分…)。これってカタログ制作者としては、この上ない武器だとすら思っている(開き直り? 笑)。

 と言うわけで、予算を使った取説作りは、ぜひ私におまかせください。メーカー各位。
と言うのは半分冗談だけど、頼むからもっとわかりやすいマニュアル作ってくださいよ。ほんとに…。

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