先日、私のお客さんである代理店の営業さんとクライアント2名の同行のもと撮影の立ち会いに行った時のことだ。お昼になり食事に出た後、「食後のコーヒーでも」との営業さんの誘いで、我々は喫茶店に行くことにした。
「阪神淡路大震災の時は大変だったんだよ。」
ふと、喫茶店でそんな話題になった。クライアントは土木建築関係の会社で、全国に支社を持つ規模の企業。震災した地域にも支社・支店があり、その他に関係者も沢山いたらしい。「手のあいている者はすぐに現地へ急行して手助けをするように」と全国の支社に号令がかかり、撮影に同行していたその2名もそれぞれ車に布団と食料を積んで飛び出したそうだ。
「まず現地にいる社員と関係者の安否を確かめることが最優先だったんだけど、当然連絡なんて取れないでしょ。電話なんか繋がるはずがないし。だから住所を頼りに1件づつ歩いて回ったんだよね。でも住所って言ったってさ、街全体が壊れちゃってるから、今居るここが何処の何丁目なのか解らないんだよ。いやぁ、大変だった。」
現在その会社の総務部長であるその方は、駆けつけた現場で指揮を取っていたそうだ。
「でも幸い全員無事でね。ホッとしたよ。その後は総出で色んな事したよなぁ。ほら、こっちはこういう商売でしょ。役立つ物をたくさん持ってるからね。ブルーシート(工事現場で見かける大きな青いビニールシート)なんて、それこそ売るほどあるし。いつもは売ってんだけど(笑)。ビルの構造とかも解ってるしね。我々ならお役に立てるでしょ。」
へぇ。とか、ほぉ。とか相づちを打ちながら私と営業さんは部長さんの話を聞いていた。
「そしたら、しばらくして、ちょっと落ち着いて来た頃にさ、上からウチの製品を(復興に向けて)売り込めとか命令が来ちゃってさ、ケンカしちゃったよ。冗談じゃないって。だってさ、まだ地面に埋もれてたまま行方不明の人だって沢山いるんだよ。今そんなことしたら大ヒンシュクだって。実際それやっちゃった業者もいてさ、総スカン喰ってたけど。まぁ、おにぎり500円で売ったやつ程じゃないけどね(笑)。でも、あの時ケンカして良かったよ。もし命令に従ってたら、絶対つまはじきされてたよなぁ。」
そうですよね、とその方の部下であるもう一人のクライアントがうなずく。
「で、何月頃だったかなぁ。行方不明の人もおおかた発見された頃になって、ようやく復旧作業のための売り込みを始めてね。それはそれで大変だったよ。ほら、全部無くなっちゃったわけだから、行政としてはこの機会に環境整備したいわけ。道路を広くしたいとか、区画整理したいとか。でも被災者はそんなこと聞いてる余裕なんてないでしょ。自分たちのことで精一杯だし。戸建の人はすんなり立て直しちゃうからまだいいけど、大型マンションなんてそれこそまぁ、修繕か建て直しかで、どこも揉に揉めちゃってね。そこへ道路広くしたいから土地削れなんて言っても無理だって(笑)。だからあの街は復興後もそれほど綺麗になってないんだよ。無理もないけど。」
その辺でまた違う話題になったので、震災の時の話はこれだけなのだが、部長さんの話を聞きながら私はその当時のことを思い出した。
あの頃私はアパート暮らしをしており、そのアパートの隣の部屋のご主人は土木関係の仕事をしていた。ご主人は大震災のニュースを聞いて数日後、会社を何日か休んでボランティアに向かったのだ。パワーシャベルやクレーン車などを操縦できるその人は、「オレが行かなきゃ」と思ったのだそうだ。
普段はわりとボーとしている方なのだが、その話を聞いた時は心底「カッコイイ…」と思った。そして同時に「こういう時デザイナーって何の役に立たないなぁ。」と少々落ち込んだりもした。
いや、決して私が落ち込む必要は無かったのかも知れないが、私など力もないし、ご飯の炊き出しすら出来ない。きっと私が現地へ行っても足手まといにしかならないだろう。遠く海外からも応援に駆けつけてくれた人たちのこともテレビは報道してる。それに引き替え、気持ちだけの義援金を振り込むことしか出来ない自分が、なんとも情けなかった。
震災は特別な事情かも知れないが、こういう事って日常にも結構あるのだと思う。去年私が入院騒ぎで倒れたときだって、色んな人が助けてくれた。困ったときはお互い様。こうして人を思いやる気持ちこそが、人間の持つ最大の力なのだと思う。
それにつけても、お互い様なのだから、たまには自分も誰かのお役に立てなければとは思うのだが、なにしろ私はDTPくらいしか出来ることが無い。困ったもんだなぁ…。
当社の製品を売り込めと部長さんに言ってきた上司はともかく、震災当日「すぐに応援に行け」と号令を発したその会社は、やはり凄いと思う。会社を休んでボランティアに駆けつけた隣のご主人も尊敬してしまう。
テレビからは嫌なニュースしか聞こえてこない日常だが、なかなかどうして、まだまだ人間も捨てたもんじゃない、そう思った昼時の喫茶店だった。
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