とうとう敦煌までやってきました。もうここは、世界地図で言えばゴビ砂漠の中です。敦煌と言えば「莫高窟」です。仏教や世界史に興味のある方なら、その名を知らぬ人はいないでしょう。私は仏教にも世界史にも興味はありませんでしたが、莫高窟は知ってました。井上靖の小説を西田敏行主演で映画化した「敦煌」にも出てきました。クライマックスシーンで主人公が逃げ込むんじゃなかったかな? ……。すんません。よく覚えてません……(汗)。
莫高窟はものすごく広い岩の壁面に、数百という沢山の穴(窟)が掘ってあって、それぞれ、その中に色んな仏典が格納されている、なんというか「世界遺産の集まり」みたいな所です。写真はそのごく一部なんですけど、この穴ひとつは、小さいものでも日本で言う2LDKくらいの広さがありました。
世界史の先生方はもちろん、わざわざこんな所まで来る人にとっては、この莫高窟は旅のハイライトのひとつなのでしょう。そのあたりを考慮したのか、このツアー、わざわざ莫高窟の発掘(当時はまだ発掘途中でした)に携わっている方に、ガイドを依頼していました。つまりここの専門家の方です。ところが、これがちょっと裏目に。。。普段ガイドなんてやってない人ですから仕方がないと思うのですが、説明が下手らしいのです。しかも中国語なので、ガイドさんの説明を添乗員の大塚さんや周さんが日本語に訳して我々に説明します。何人かの世界史の先生は、色々質問していたのですが、それも大塚さん達が中国語に訳して質問。この応答が専門用語の応酬なので、どうにも話が通じないらしく、まるで伝言ゲームの様相だったようです(笑)。
たくさんの窟を回ったのですが、もちろんそれでも、ほんの一部だけでした。全部見ようと思ったら数週間はかかりますし。で、私は最初の2つくらいで飽きてしまいました(笑)。
ゴビ砂漠についても書いておきましょう。「ゴビ」とは「水のない所」という意味だそうです。砂漠というとどんなイメージを想像するでしょう? 大抵の方は「砂の大地」だと思います。つまり海岸の砂浜のような地面がずっと続いている、と言った所ではないでしょうか。私もそうでした。
ところがゴビ砂漠はちょっと違うんです。どちらかというと「荒野」という感じ。漬け物石くらいの大きさの岩が転々としてます。所々草も生えてます。砂浜とは全然イメージが違います。
生えている草は「タマリスク」でした。これは現地では「ラクダ草」と呼ばれているそうです。なぜならラクダが食べるからです。って、なんのひねりもありませんね。。。昔、シルクロードを旅した旅人は、ラクダに乗り、また、自分の食料や荷物をラクダに積んで、何日も、何週間もかけて、オアシスとオアシスの間を行き来しました。ラクダの食料など持たなかったそうです。このタマリスクが生えているから大丈夫、ってわけです。
で、タマリスクはラクダの好物なのか、と言うと、そうでは無いそうです。いや、むしろ嫌いなんだそうです。でもラクダは他に食べ物が無いので、しかたなく嫌いなタマリスクを食べてしのいでいたそうです。それを「ラクダ草」と名付けるのは、ちょっとどうなの? と思った私でした。
敦煌には莫高窟の他に、もう一つ有名な観光スポットがあります。「鳴砂山(めいさざん)」という所です。どんな理由でそうなったのか知りませんが、ここはまさに「砂浜」のような大地が広がる所です。いわゆる美しい砂漠のイメージを再現している場所です。言うなれば中国の鳥取砂丘と言ったところでしょうか(鳥取砂丘へ行ったことが無いので違ってたらゴメンナサイ)。風にあおられた砂が山を作り、その山に夕日が沈む瞬間が絵はがきみたいな感じです。
さすが敦煌屈指の観光地だけあって、夕日が映えるスポットまで観光用ラクダに乗って行くことが出来ます。軽井沢の観光牧場で馬に乗るようなものですね。で、乗りました。ラクダ。せっかくだし。
ラクダって背が高いんですよ。とっても。だからラクダ乗り場(?)で、ラクダを先導するおじさんが、かけ声をかけてラクダを座らせます。座ったラクダのコブの間にまたがると、またオジサンがまたかけ声をかけて、ラクダを立たせ、トボトボと歩き出すわけです。乗り心地は、ハッキリ言って、なんと言うか……。男の人には辛いものがありました……(笑)。
さて、敦煌ではあと2つ、印象に残っている場所があります。そのひとつは、本当に絵になる場所でした。ある意味、鳴砂山よりも絵になっていたかも知れません。そこは…。映画「敦煌」のロケ現場でした。「敦煌」は日本の映画です。そして撮影終了後、組み立てたセットを解体せずに、中国側に寄贈したのか、売ったのか、押しつけたのか、はたまた、そのまま放置していったのか定かではありませんが、映画のロケセットが現存しています。そして、このセットが敦煌の観光スポットになってるんです。んで、中国人が管理していて、観光客から入場料を取って公開してました。なんか日本人の我々がお金を払って入場するのは、ちょっと腑に落ちなかったんですけどね(笑)。
もうひとつ印象に残っている場所。それは今思えばこのツアーで、一番エキサイティングな経験をすることになった場所です。長くなりそうなので、それはまた次ぎのページで。
つづく。